スマートシティとIoT プラットフォーム

Submitted by Shin Kai on

 

製造業分野でIoT を活用してスマートファクトリを実現する動きと並行して、最近、IoT を社会インフラ領域に適用してスマートシティを実現しようとする動きが活発化している。IIoT のプラットフォームを確立したGE やシーメンス、ABB、ハネウェル、シュナイダーエレクトリックなどがいずれもIIoT 展開の有望市場として、この「シティ」に照準を合わせつつある。では、かつて大きなうねりをみせたスマートグリッド構想、スマートコミュニティ構想と、昨今新たに浮上しつつあるスマートシティソリューション事業とは何がどう違うのだろうか。

米PTC は先週、東京で、このスマートシティの市場の成長性を巡って記者説明会を開催した。PTC によるスマートシティ事業展開に関する発表は、同社のIoT・分析プラットフォームThingWorx の展開を軸に、シティ全体規模のデータ収集、可視化、制御のプラットフォームがこれまでよりはるかに容易かつ短期間に展開できる環境が整ってきたことを説得しようとしていた。

スマートシティソリューションの概要

統計的に世界の都市では、都市部の人口増加が2050年までに現時点の2倍になる見通しであり、水とエネルギー需要増にともない需給が逼迫する一方で、水道管やガス管、送配電設備など都市インフラの老朽化問題が差し迫っている。そこで多様なプログラムが導入され、米国ではすでに60以上の都市でスマート化のプロジェクトが立ち上がり、年平均16%の伸張を遂げているといわれる。またマッキンゼーの予測では、2025年時点でIoT が都市にもたらす経済効果として年1.7兆ドル規模を見積もっている。

米国に限らず都市インフラのシステムは大きく4系統に分類され、これには分散電力管理やスマートグリッド運用、デマンドレスポンスを含む発電・グリッド系、ポンプ施設や水道管監視、水質管理を含む上下水道系、都市の総消費電力の半分以上を占めるといわれるビル管理系、およびスマート照明、スマートパーキング、交通安全管理、ゴミ処理などを含む市民サービス・インフラ系が含まれる。

世界的に先行しているのは、都市の街路灯のスマート化で、LED 灯への移行による消費電力・維持管理費の削減に加え、街路灯へ各種センシングデバイスを紐づけることによるセキュリティ管理、交通渋滞監視、駐車スペース管理、局地的天気情報、大気汚染測定などが動き出している。都市生活の改善に関わるスマートシティのソリューションは、特定領域に留まらず、集合的な性質を帯びている。従って、多種多様な領域で幅広いニーズが山積している状態であり、ソリューション導入に関してどこから始めるかが課題となる。

では先の問いに戻って、昨今のスマートシティソリューションと、かつてブーム化しながら大きく成長していないこれまでのスマートコミュニティ構想とは何が違っているだろうか。

スマートグリッド構想

スマートコミュニティ構想に先行したのは電力網の近代化を目指すスマートグリッド構想であった。スマートグリッドが提唱されるのは90年代末からだが、次世代電力技術にICT を融合するスマートグリッド技術が世界的な産業潮流となるのは、米国で2003年にスマートグリッド推進のための業界団体GridWise Alliance が設立され、国内外で活発な活動を展開したことが端緒となる。これに呼応して、欧州、中国、韓国などで政府の産業政策、業界団体設立の動きがあり、日本でも経産省の働きかけで2010年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を事務局としてスマートコミュニティ・アライアンス(JSCA)が設立。電力とICTの融合によるスマートシティ構想の実現に期待が集まった。

私はこの2010年に、スマートグリッド戦略の由来と方向性を確かめようと、当時GridWise Alliance の会長を務めていたIBM ゼネラル・マネジャーのギド・バーテルズ(Guido Bartels)氏を取材したことがある。

そこで明らかになったことは、まずIBM にとって、2003年からイタリアの電力会社ENEL(エネル)と組んで、スマートメータ3,500万台を導入したことが同スマートグリッド構築事業を推進する契機となったこと、このときの経験をベースにソフトウエア資産、設計から運用管理にいたるベストプラクティスを集積してグローバルソリューションとしてマーケティングを開始したが、国ごとに異なる電力業界の規制や標準の壁にぶつかり、どこでも通用する唯一単独のソリューションというものはないということを学んだこと、そこから電力業界に向けての個別提案を活発化することで、2010年当時ですでに世界で100件以上のスマートグリッドプロジェクトに参画していること、などであった。

この経験を踏まえ、IBM は電力エネルギ産業の複雑な諸規制に対して、法的規制緩和、業界標準の推進のための活動を活発化する必要から、GridWise Alliance の設立参画と活動強化を率先してきたという。また米国ではすでに再生可能エネルギやエネルギ効率、電気自動車に多くの関心が集まる中、電力網のインフラは旧態然としていて、これらを統合し可能にする電力網への視点が欠けていたことも、Alliance 活動を推進する意義として理解されていた。

バーテルズ氏は、当時、スマートグリッド推進の要となる電力技術とICT 技術との連携に関して、次のように述べている。「電力インフラが指向している次世代化のモデルは、大規模発電拠点を核としてエンドユーザに向けて単方向・長距離に電力を流す従来型の大規模集中系統制御モデルから、電力消費地により近いところでの多数の分散処理拠点の取り込みを可能にする電力と情報の双方向ネットワーク制御モデルへの移行である。これはかつて大規模メインフレーム集中処理方式から双方向分散処理方式ネットワークモデルへと移行したICT 技術に似ている」

Alliance 活動は、電力業界に絡む諸規制緩和のためのロビー活動、社会インフラ事業として大規模化するプロジェクトに対する国への予算化の働きかけ、米国に留まらず各世界地域市場における同種業界組織の設立支援とこれらとの連携活動、国際連合の場を利用して開発途上国支援の一環としてのプロジェクト推進など、いずれも大掛かりな組織活動となっていった。その裏面として、スマートグリッド構想は、世界的な経済環境が後退する時期には、その成果もスローダウンあるいは停滞する性質を帯びていたといえる。

IoT プラットフォーム活用

これに対して、PTC マーケット・インサイト&ソリューションズ部門副社長兼ゼネラル・マネジャーであるレズリー・ポールソン(Leslie Paulson)氏は「昨今、成長しつつあるスマートシティソリューションは、IoT プラットフォームを展開するところが、先のスマートシティ構想と大きく異なる」と語る。スマートシティの複合的なシステムの課題解決には、集合的な技術が必要で、多様な企業の参画が必要となることに変わりはないが、従来のスマートグリッド、あるいはスマートコミュニティ構想は、基本的にはプロジェクトごとに大掛かりなスクラップ・アンド・ビルドの提案となる。すなわち、構想設計段階から新たに作り込む必要が生じ、プログラムの再利用ができず、複数のソリューションの共通化による工数削減もできない。ソリューション開発、改善、維持には長期間を要する。

他方、IoT プラットフォームソリューションを活用する場合は、例えスタート時点で小規模(データ収集ポイント数が少数)であっても、後に容易に拡張できる。プラットフォームとして実証済みの拡張性とセキュリティのうえに、ソリューションのプロトタイプ開発、提供、改善が短期間で実行可能となるアプローチを選択し採用することが可能である。また、既存のIT 環境をクラウド基盤や接続性の確保のために利用可能であり、いわば既存の社会システムを大きく変更することなく、「その全体の上にソリューションをかぶせる」ことにより、データ収集、可視化、分析、制御を実行できるようになる。加えて、全てのソリューションで共通のユースケース部分のプログラムを共有することもできる。この結果、例えば、都市全体をカバーするダッシュボードで特定情報の可視化を実現することも容易になる。

スマートシティのソリューション導入には、依然として国、地方公共団体における予算確保の問題や社会インフラに関わる諸規制の高いハードルをこえる困難が消えないが、少なくともIoT プラットフォームの採用が導入の敷居をかなり下げる、という認識は広まりつつある。