オープン・プロセス・オートメーション・システム(OPAS)開発はテストベッド構築段階へ

Submitted by Shin Kai on

 

横河電機は、7月9日付けで、同社がエクソンモービル(ExxonMobil)から、オープン・プロセス・オートメーション(OPA)テストベッドの構築を担当するシステムインテグレータとして選定されたことを明らかにした。

DCS (分散型制御システム)に代わる次世代産業用プロセス制御システムの開発を進めるOPA 活動には、世界のプロセス業界が関心を寄せている。その開発の次の段階としてプロトタイプを用いたテストベッドの構築と運用が予定されるなかで、エクソンモービルとともにその開発検証の中核的役割を担うインテグレータとして横河電機が選定されたことは、この開発プロセス全体における、極めて重要なマイルストーンである。これまで概念実証とプロトタイプ構築の段階を通じて主コントラクタであったロッキード・マーチン(Lockheed Martin)からバトンを受けて、今後、実用的なOPA 制御システム開発に近づくためのテストベッドのシステムインテグレーション作業は横河電機が担うことになる。

この横河の日本国内での発表に先んじて、7月4日にバンガロールで開幕したARC インドフォーラムでは、エクソンモービルが基調講演で、OPA テストベッドの構築と運用に関わるインテグレータとして横河電機を選定したことを発表し、その背景を説明していた。

このブログでは、横河電機の発表と、エクソンモービルのARC インドフォーラムでの講演概要を材料として、エクソンモービルとそのパートナー企業が推進するOPA 開発の経緯と、これから構築・運用されるテストベッドの位置づけと役割を整理したい。

エクソンモービルOPA テストベッドのインテグレータ

横河電機の発表リリースの骨子は次の通りである。

● 横河電機は、OPA システムの開発において、実際の運用環境に近い状態で技術の検証を行うプラットフォームであるテストベッドの構築を担当するシステムインテグレータとして、エクソンモービルに選定された。

● エクソンモービルは、現在OPA 技術仕様を検討中のオープン・プロセス・オートメーション・フォーラム(OPAF)の規格に基づく、オープンで相互運用性に優れ、かつセキュリティの高いプロセス制御アーキテクチャの構築を目指しており、このテストベッドを使った開発やその成果はこのために役立てられる。

● このテストベッドでは、コンポーネントの候補や規格を評価する。その評価をベースとして、エクソンモービル及びユーザーパートナー企業はOPA 技術を用いた個別のフィールドテスト段階へと進む。

● エクソンモービルのOPA テストベッドでは、Yokogawa U.S. 技術センタが保有するOPA 開発成果及び技術的な専門知識が活用される予定である。このテストベッドを収容し、協働プロジェクトを推進する拠点として、横河電機はエクソンモービルのヒューストンキャンパスがある米テキサス州スプリング付近に開発オフィスを新たに設け、2019年第4四半期に第1ステージの稼働を開始する予定である。

● エクソンモービルは、このテストベッドを使用したシステムテストの結果を同社のコラボレーションパートナー企業及び標準化グループOPAF と共有し、かつ同社のコラボレーションパートナー各社がそれぞれのフィールドトライアルで使用する他のコンポーネントを評価する際にも、このテストベッドを利用できるようにする計画である。

OPA 開発の背景とこれまでの経緯

テストベッドの構築に至る、これまでのOPA 開発の背景と経緯を少し整理しておこう。以下の記述は、エクソンモービル・リサーチ・アンド・エンジニアリングのシニア・エンジニアリング・アドバイザであるブラッドレイ・フーク(Bradley Houk)氏が、ARC インドフォーラムの基調講演で「エクソンモービルのオープン・プロセス・オートメーション・ジャー二ー」と題して発表した講演の概要を踏まえている。

開発の背景

エクソンモービルは、同社が世界に展開する石油・ガス精製事業(ダウンストリーム)及び化学分野での制御システムの更新期を迎え、2010年に次のシステムを検討するためのR&D を開始した。しかし、現行のDCS アーキテクチャでは、ハードウエアとインターフェースとネットワークがすべてベンダの占有技術で固められており、レベル1 & 2 のソフトウエアアクセスはベンダ管理下にあって、ユーザの自由にならない。また、セキュリティが組込み本性的ではなく後付けにならざるを得ないという問題を抱えおり、コスト高に加え、最新のコンピュータ技術及びアプリケーションへのアクセスも限られていることが問題化した。

同社は、2014年までに従来のDCS とは一線を画す新たなOPA 参照アーキテクチャを確立したが、その主な特徴は、ベンダ固有技術ではなく業界標準のインターフェースとネットワークを用いること、(ベンダに依存しない)相互運用可能なハードウエアを用いること、ハード、ソフトともにクラス最高のコンポーネントの採用が可能であること、オープンインターフェースによるソフトウエアアクセスを実現して、多様なサプライヤと多種ソフトウエアレイヤ間での通信を可能にすること、システムレベル、コンポーネントレベルでのセキュリティ設計組込みを実現すること、エンドユーザが開発したり手を加えたりしたソフトウエア資産のポータビリティを確保すること、である。

新たなシステムの規格を検討するにあたり、エクソンモービルは自社に閉じた規格開発を望まず、業界の標準規格として他社にオープンな規格作りを志向した。JAVA の標準化などで実績があるオープン・グループ(The Open Group)のもとに、OPA 業界標準規格を共同で検討するオープン・プロセス・オートメーション・フォーラム(OPAF)を立上げ、エンドユーザ、システムインテグレータ、サプライヤ、標準化団体、アカデミアなどを会員に加え、現在88社・団体がこの標準化作業に取組んでいる。OPAF はその成果としてO-PAS 標準の第1版を今年発行した。

EM OPA overview

概念実証(PoC)

これと並行してエクソンモービルは、ロッキード・マーティンをインテグレータとして、サプライヤ10社も加えて2016年12月から2018年4月まで燃焼プロセス・シミュレーションベースの概念実証(PoC)実験を実施した。

実験検証のポイントは、(1)異なるサプライヤのコンポーネント間でデータ交換が可能となるインターオペラビリティの実現、(2)機能を別のプラットフォーム上のコンポーネントで置き換えるインターチェンジャビリティの実現、(3)設定情報をあるコンポーネントから別のコンポーネントに移し替えても同一の設定情報が機能することを確認するコンフィグレーションのポータビリティの実現、(4)OPA 参照アーキテクチャで、分散制御ノード(DCN)上のPID ループのアプリケーションを、上位のリアルタイム高度制御(RTAC)プラットフォームに、コード変換なしにリコンファイルだけで移設しても機能することを確認するアプリケーションのポータビリティの実現、の4点であった。

プロトタイプの構築

さらにこれにつづけて2018年中頃以降は、OPA 機能を概念実証のレベルからより実用システム段階に近づけ、商用システム展開につなげるために、OPA 性能を小規模パイロットプラントで実現するプロトタイプの構築を開始し、現在これを進めている。

このプロトタイプの要件には、現存のDCS プロセス制御システムの機能をOPA システムへと二重化し、4カ月間の安定操業を達成することに加え、とりわけ重要な課題として複数サプライヤによるコンポーネント構成で、セキュリティ、アラーム・メッセージング、エンジニアリングツール、システム管理にわたるシステム性(system-ness)を生成できるかという難題を抱えている。従来型DCS であれば、ハードウエア、インターフェース、ネットワークすべてがベンダ固有の技術仕様で固めらているために、これらのシステム性の諸機能の実現にはある意味で有利であった。しかし、マルチベンダ環境のコンポーネントで構成するOPAS でこれらシステム性を確実に実現するためのハードルは低くない。また、このプロトタイプは、操作性、安定性、可用性で実際のオペレータが評価可能なシステムとする計画である。

このプロトタイプ開発にはロッキード・マーティンに加えソフトウエア開発事績が豊富なウッド(Wood Group)およびサプライヤ10社が参画している。このシステムは、プロセス温度や圧力に対応するハイドロカーボン処理サービスを想定し、規模的には、ポンプ、反応器、分離器、分析器等のユニットを備え、全500ポイントでI/O数130を備えている。

OPA テストベッド構築の目的

2019年から2020年にかけての開発プロジェクトは、エクソンモービルが資本を投じてテストベッドを構築し、これを協働パートナーとなるユーザ企業と共有しつつ情報と経験を蓄積し、2021年以降に各社個別のフィールドトライアルを実施して開発を進める段階に入る。現在、協働パートナーとしてエクソンモービルと調印しているのは、アラムコ・サービス(Aramco Services Company)、BASF、コノコフィリップス(ConocoPhillips)、ダウ(Dow)、ジョージア・パシフィック(Georgia-Pacific)、リンデ(Linde)の6社。現在そのほかに3社と協議中という。

具体的に、エクソンモービルは、テストベッドを構築する目的について次の5点を挙げている。

(1)コンポーネントと標準の継続的なテストを支援する必要性― 実験の実施に使用するためのOPA システムを機能させ、活発なR&D を通じて知識を蓄え、性能評価のためにハードやソフトの追加・削除を可能にし、エクソンモービル以外の協働パートナーも利用可能なプラットフォームとなる

(2)リスクを低減させるための基盤の提供― 個々独立したコンポーネントの統合に想定以上の困難にぶつかるリスク、相互運用性にフォーカスするあまり信頼性とセキュリティを犠牲にするリスク、拡張性と信頼性を実現する手法が明確にならないリスクへの対応として

(3)エクソンモービルによる初期フィールドトライアル向けに設計の実用化に向けた完成度を確認するためのデータ生成

(4)サプライヤがOPA 仕様要件に即したコンポーネンツを生産できるという能力の実演機会の提供

(5)OPA 技術を技術的成熟レベルに向けて促進

横河電機の選定とテストベッド構築

このテストベッドを構築・運用するにあたって、エクソンモービルは、システムインテグレータに横河電機を選定した。その経緯についてフーク氏が語ったところによれば、まず、先の概念実証とプロトタイプ構築でインテグレータとしてシステム構築で主要な役割を果たしてきたロッキード・マーティンは、システムエンジニアリング、システムソフトウエアの開発力に優れているが、DCS に関しては未知の専門領域になる。したがって、ロッキード・マーティン社はこのテストベッド領域には踏み込まないことを決定した、という。これを受けて、エクソンモービルは2018年末から多数のシステムインテグレータ候補をインタビューし、検討を重ねた結果、横河電機を採用した。採用を決定した理由は、横河がこれまでの共同を通じてOPA システムの技術的要件を理解していることと、あらゆるサプライヤからのコンポーネントに対し、中立的なブローカとして機能することを自ら希望したことによる。

フーク氏はここで「システムインテグレータとサプライヤの違い」を強調。従来型のDCS サプライヤの世界的大手である横河電機は、このプロジェクトではコンポーネントのサプライヤとしてではなく、あくまでOPA プロジェクト向けのインテグレーションソフトウエア開発者として参画することになる。

テストベッドの進行は3つのステージに分けられる。第1は、プロトタイプのコンポーネントを使用してテストベッドを立上げる段階。第2は、テストベッドを拡張し、新規・追加のコンポーネントを組み入れる段階。第3は、協働パートナー企業向けの支援を組み入れてさらに多くのコンポーネントを統合化する段階、である。

横河電機がプレスリリースで、協働プロジェクト推進拠点として米テキサス州スプリング付近に開発オフィスを新設し、2019年第4四半期に第1ステージの稼働を開始する予定、と発表した、その第1ステージはこのテストベッド立上げ段階を意味している。

テストベッドはまた、孤立した構造物ではなく、エンジニアリングモデルで生成されたシミュレーションによるプラントと接続され、実際の入出力信号をテストベッドで利用できるように構成される計画である。

このシステム運用開始は、2019年末をターゲットに進められ、ステップを踏んでテストベッド機能の安定性が確認された後に順次、新たなコンポーネントの追加統合が計画されている。また、2020年初期には協働パートナー企業向けにテストベッドの活用が開放される予定である。

今後の見通しと期待

DCS の次の制御システム開発に取り組むOPA プロジェクトは、現段階ではあくまでテストベッド段階にとどまるが、その成果と経験は、エクソンモービルが今後数十年かけてダウンストリーム領域の旧態化したDCS を置き換えていくための現実的に差し迫ったプロジェクトである。これまで、シェル、シェブロンといったオイルメジャーと共同開発を経験してきた横河電機にとっても、エクソンモービルと本格的に組むプロジェクトは今回が初となる。横河電機にとってみれば、従来のCENTUM VP ユーザ企業との共同を維持しつつ、先駆的にDCS を超えた次の制御システム開発をOPA システムインテグレータとして手掛けることになる。また、同テストベッドの構築と実証を通じて、エクソンモービル以外で協働パートナーに名を連ねるBASF、DOW などの大手企業との協働プロジェクトも未知の領域を拓く可能性がある。DCS とは異なる未知の制御システム構成と未知の事業モデルの開発には多大な困難が予想されるが、多くの世界的なユーザ、サプライヤとの協働の中で、得られるものは大きいに違いない。成果を期待しつつ、OPA 開発プロジェクトの進捗を見守りたい。