シーメンスの組織改変と戦略-オートメーション事業を中心として

Submitted by Shin Kai on


前回のブログで採り上げたGE とはIIoT プラットフォーム事業開発で好敵手のシーメンス(Siemens)も今夏、組織改変(再編)を発表した。ARC 欧州のミュンヘン在住のアナリスト、デーヴィッド・ハンフリー(David Humphrey)が、シーメンスの今回の組織改変のポイントに関してオートメーション事業を中心にブログで解説しているので、その一部をご紹介したい。

洋の東西を問わず、世界の大手企業は、定期的に組織改変を実施する。組織改変は(少し深度を増せば事業改革=リストラとなるが)、複雑になり過ぎた組織を元の軽快な体形に戻すためのフィットネスプログラムに似ており、さらに将来の変化に立ち向かうために体制を備える場合もある。

Vision 2020 からVision 2020+ へ

シーメンスもこの組織改変を繰り返してきた。前回実施した2014年は、ジョー・ケーザー(Joe Kaeser)氏が会長に就任後1年目であった。このほどケーザー氏が第3四半期のアナリスト会議の席で語ったところによれば、「Vision 2020」と呼ばれた先の戦略に関して、シーメンスはすでに大方の目標を達成した。そこで新たな「Vision 2020+」を策定した。これに伴う今回の組織改変は、デジタル時代の新たな課題に立ち向かうためにシーメンスの事業が適応するための軌道修正を反映している。

Vision 2020+の骨子

改変の骨子は、シーメンスの新組織では、現在8つある事業本部組織を3つの事業会社と3つの戦略的独立会社に再編する。3事業会社は「ガス&パワー」、「スマートインフラストラクチャ」、「デジタルインダストリーズ」であり、これにシーメンスが過半株式を維持する戦略的独立3社(シーメンス・ヘルシニアーズ、シーメンス・ガメサ、シーメンス・アルストム)が加わる。同社によれば、この再編により、シーメンス・ブランドの下で個々の事業に大幅な独立性を付与し、顧客志向を強化するために各地域の組織も改変する一方、本社管理部門は簡素化する。ただし、同社の中央研究センタのような企業のフレームワークによる継続的な支援体制は維持される。

オートメーション事業は、新設される事業会社「デジタルインダストリーズ」の中核部分に残るが、今回の改変により、デジタル化によって最も恩恵を受ける先進ハードウエア及びソフトウエアに一段と特化することになる。他方、産業用制御機器、低圧スイッチおよび制御ギアは、ビルディング制御やデジタル・グリッド向けの製品と同じグループに組込まれて新設の事業会社「スマートインフラストラクチャ」に含まれることになる。

組織改変と戦略

では、この組織改変は、同社の製品戦略にどのような影響を及ぼすだろうか。同社のオートメーション事業を例に見てみよう。「デジタルインダストリーズ」のもとで再統合されたシーメンスのファクトリおよびプロセスオートメーション事業部は、一見すると、シーメンス・オートメーション&ドライブ(Siemens Automation & Drives)とインダストリセクタ(Industry sector)の当時を思い起こさせる。当時はすべてのオートメーション製品が一つの管理組織のもとで統合的に開発され、製造され、販売されていた。1990年代後半に、シーメンスがプロセスオートメーション領域に拡大を図ったころは、この組織体制に意味があった。なぜなら、同社のプロセスオートメーション製品は、成功を収めたS7 ファクトリオートメーションのプラットフォームから拡大派生的に立ち上がったからである。

その後に、Vision 2020 のもとで、プロセスオートメーション製品および計装ユニットはプロセスオートメーション&ドライブ(Process Automation & Drives)事業部のもとに統合され、当時市場拡大が目覚ましかった石油・ガス業界向けに事業の急拡大を目論んでいた同社の要請に応えるべく、プロセス産業向けの事業に独立と自律性が与えられた。この流れから、油田開発向けの装置製造で有力だったドレッサー・ランド(Dresser-Rand)を80億ドル近い資金を投じて買収するに至った。

しかしこの買収した企業が、利益を生み出そうとし始めた矢先に原油価格が低落し、投資活動の延期や取消しが業界全体を覆い、その低迷傾向は今日に至っている。その結果、シーメンスのプロセス事業部(PD)の業績は年々の低迷を続け、シーメンス・デジタル・ファクトリ(DF)の目覚しい伸張と好対照を見せることになった。

シーメンスは、再びファクトリとプロセスのオートメーション事業を統合化することにより、まず、新しい事業会社を用いて、財務的パフォーマンスを全オートメーション製品に渡って平準化することによって不振続きのプロセス・オートメーション・セクタを補う。それによって、その恩恵を投資家コミュニティの欲求不満の解消の実現に宛てることができるだろう。この解は、数字と短期的収益を重視する財務系アナリストを満足させるには十分であろうが、われわれはさらに、シーメンスのより大きな構想(視点)を見落としてはならないであろう。

将来に向けての3つの視点

将来を描く視点の第1は、デジタル化(digitalization)の傾向である。デジタル化はすでに傾向ですらなく、企業が生き残るための条件である。また、今日、オートメーションソリューションの先進化と統合化が進みつつある。オープンプラットフォームとクラウドベースのソリューションが進展する中で、将来、販売するハードウエアが残らないことも想定されうる。オートメーションソリューションの価値の軸足は、ソフトウエアとアプリケーションノウハウの中にあることが業界でも明らかになりつつあるからである。しかしそこに至るまでの間、ハードウエアはスマート化とより良い接続性を実現していかなければならない。「デジタアルインダストリーズ」事業内に先進的ハードウエアを統合化することはこの方向に即した一歩といえる。

視点の第2は、今回の組織改変が古い構造への回帰とは異なっていることである。同社が2007年にUGS を買収した折に自らがソフトウエア会社でもあることを明らかにしたように、今後はデジタルカンパニーとなるべく次の一歩を踏み出そうとしている。デジタル時代に向けて、ハード、ソフト、サービス提供のバランス化の上に、シーメンスは、今後8年間で1万人の新規雇用の計画を実現して、デジタル化に向けての戦略コンサルティングサービス提供を開始する考えである。この大胆な新規サービスの提供は、同社の従来の技術主導型「デジタルサービス」の提供とは一線を画す飛躍であり、既存の技術コンサルティング集団への挑戦を意味することになる。シーメンスにとって他の集団との差別化要因は、これらのコンサルティングサービスの増強に、専門業界領域の深いノウハウを活用できるところにある。

第3の視点は、顧客に一段と近づく事業体制を確立することである。ファクトリ、プロセス両オートメ-ションを1つの事業体内に取り戻すことにより、食品・飲料、医薬品などのハイブリッド業界への対応力が改善する。

GE とシーメンス

シーメンスの今回の組織改変の発表が、一部の報道機関からシーメンスの持株事業会社化として報道されたのは皮肉な結果である。経済紙はシーメンスとGE を比較するのが常である。GE は確かに持株事業会社化しており、業績の悪化した事業は容赦なく切り捨てる戦略を持つ。これに対し、シーメンスは、四半期ごとの利益率ではGE に劣るにも拘らず、短期的な業績よりは中長期的な戦略を重視する戦略を持つ。今回の発表のいかなる部分からもシーメンスがこの戦略を変更して持株事業会社化するという意図は読み取れない。GE のデジタル戦略が経営難に陥り、GE が同社のデジタル資産を売りに出すという(ウォール・ストリート・ジャーナル紙の)記事が出たのと時をほぼ同じくして、シーメンスが(デジタル事業強化に一段と傾斜するための)組織改変を発表したのは皮肉である。

今後の注目点

シーメンスのVision 2020+が、同社の組織改変に留まり、レイオフを伴うような全面的な事業改革に踏み込まなかったという理由で、発表当日の同社の株価は下落した。しかし長期的な観点こそ注目に値するだろう。即ち、Vision 2020+ フィットネスプログラムによって、シーメンスは将来のデジタル時代の課題に対応可能な体形へと改善するかどうか。シーメンスの専門領域のノウハウを活用したデジタル戦略コンサルティングへの進出は成功するかどうか。また、オートメーション事業の再統合が、将来のアーキテクチャと新事業モデルへの移行のなかで収益性の高いハードウエア事業を維持するかどうか、である。その答えは、数年後にシーメンスが次なる軌道修正を行う時点で明らかになるであろう。