GE デジタルの行方

Submitted by Shin Kai on


ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙が7月30日付けで「GE がデジタル資産を売りに出す(GE Puts Digital Assets on the Block)」と題する記事を掲載したのを契機に、今夏、同社のGE デジタル(GE Digital)の事業の行方に注目が集まった。ARCの本社にも、世界各地から同件に関して問合せが相次いだ。そこで、ここに至る経緯と背景を、少しまとめてみたい。

WSJ 紙の報道によれば、ゼネラル・エレクトリック(GE)は投資会社と契約して、デジタルソフトウエア関連事業の売却先の検討を開始しているという。市場価値にして1千億ドル規模のGE 全体にしてみれば、昨年の売上げが5億ドル規模で赤字を計上していたデジタルソフトウエア事業の売却はそれほどの大事件ではない。とはいえ、前CEO のジェフ・インメルト(Jeff Immelt)氏 が経営方針の最大の売り物に掲げたデジタルソフトウエア事業への傾注に対する今般の劇的な方針転換は、その後の経営の度重なる失敗を象徴したものと受けとめられている。

確かに、産業用IoT の事業展開を率先するGE のIoT 開発プラットフォームであるプレディックス(Predix)を擁するGE デジタルの事業の行方は、これから学び、これを追うようにIoT 事業を拡大してきた世界中の産業分野の企業-ほとんどの製造業や社会インフラ事業がこれに含まれる-の関心事に違いない。

同WSJ記事では、ここに至る事業の経過を次のようにたどっている。

● GE デジタルは2015年にGE 産業部門とは独立した形で設立された。インメルト会長はここに元シスコ・システムズから人材を採用して経営に当たらせ、2020年までにGE を世界のソフトウエア企業のトップ10にまで成長させることを目指した。

● GE は2016年にはGE デジタルの事業力増強を図って、設備パフォーマンス管理の予知保全ソフトウエア開発で有力なメリディウム(Meridium) を4億9500万ドルで買収、また在庫管理や設備保全作業のスケジューリングなどの分野で有力なサービスマックス(ServiceMax)を9億1500万ドルで買収して、2020年までにGE デジタルのソフトウエア販売額として150億ドルを目標としていた。(WSJ記事には触れられていないが、GE がPredix 事業の増強を目的としてこの他に買収したデータ分析、機械学習や深層学習などのAI技術企業、サイバーセキュリティ技術企業数は多数に及ぶ)

● しかしGE デジタルの事業は、市場でデジタルツールの提供者、クラウドソフトウエアサービスの提供者との競合に晒されるようになり伸び悩む。2017年夏のインメルト氏退任後、会長職に就任したジョン・フラナリー(John Flnnery)氏は、GE デジタルに軌道修正をかけ、人員の削減に加え、注力するソフトウエア開発の領域を既存の顧客領域と自社の中核事業領域に絞る方針を打ち出した。同氏によれば、今年のPredix 製品の売上げは倍増し約10億ドル規模になる見通しで、2020年までにGE デジタル事業のブレイクイーブンを目指す、という。

● 厳密に何が売却の対象事業となり、どれくらいの売却額となるかは不明である。ただし売却先として想定されるのは、デジタル事業領域を強化したがっているソフトウエア企業や産業分野の企業となる可能性がある、という。

革新的ソフトウエア開発の構造的・規模的問題

GE は、製造業の競争優位性がハード主体からソフトウエアへと移行するとみて、スマートなコネクテッド製品の製造に注力した。しかし、GE が、大掛かりなIoT ソフトウエア事業への注力でつまずく要因を指摘する声は早期からあった。すでに昨年、フィナンシャルタイムズ(FT)で、IoT プラットフォーム開発のスタートアップ企業であるC3 IoT 社会長のトム・シイベル(Tom Siebel)氏は、GE が製品開発のために数十億ドルの大規模投資と数千人の開発者を雇うといった「19世紀あるいは20世紀型のソフトウエア開発ビジョンをもった19世紀の複合企業である」ことを指摘し、「今はそれでは機能しない。革新的なソフトウエア製品を開発するには10人、20人、30人程度の要員で足りる」と述べていた。

GE は昨年、自社単独での「プレディックス・クラウド」構想戦略を放棄し、クラウド接続連携ではアマゾンのAWS、マイクロソフトのアジュール(Azure)と提携し、これによりアプリケーション開発に専念する体制に転換した。

株価低落と構造改革

GE は、2017年には再生可能エネルギ、石油・ガス、航空、ヘルスケアの各産業部門で売上げ増を記録しながら、通期決算で57億ドルの純損失を計上した。同年、年間を通じてGE 株価の長期的な低落傾向には歯止めがかからず、2018年に入ってからも株価の低迷が続いている。6月には米国の代表的な株価指数であるダウ工業株30種平均の算出対象から外れることが報道された。その時点において、過去1年間でダウ平均が15%上昇する中、GE株は55%下落していた。

GE は同月、事業再編計画を発表し、航空、電力、再生可能エネルギの3事業への集中とGE ヘルスケアの分離独立、石油・ガス部門のベーカー・ヒューズGE カンパニー(BHGE)の完全分離などを通じて、ハイテク・インダストリアル・カンパニーの将来像を追求する方針を発表した。ただしデジタル事業に関しては、将来に向けた投資の継続によって、アディティブ製造(金属3D プリンティング)とデジタル等の革新的な技術を牽引し、次世代製造業の生産性向上の新たな波をリードすることを確認するに留まった。

マイクロソフトとの提携

GE デジタルに関しては、7月のマイクロソフトとの「過去代大規模の」提携の発表が重要である。GE とマイクロソフトは、産業分野の企業がデジタル変革を進める上で課題となる運用技術(OT)と情報技術(IT)の融合と産業用IoT (IIoT)導入の加速化に関する両社の提携を拡大する。その一環として、

(1) GE デジタルはマイクロソフト・アジュールをGE のプレディックス・ソリューションの標準クラウド・プラットフォームとし、プレディックスの設備パフォーマンス管理やサービスマックスをはじめとする製品揃えとアジュールIoT、アジュール・データ・アンド・アナリティクスなどアジュールが提供するクラウド機能をより深いレベルで統合していく。また両社は販売と市場開拓でも共同し、さまざまな業界の企業にIIoT ソリューションを提供する。これにより、プレディックスのプラットフォーム上で開発したアプリケーションの導入が、アジュールと連携することで一段と容易になる。

(2) これに加え、GE は自社の事業部門において横断的にプレディックス・ベースの社内システムへの導入を含めたIT ワークロードや業務効率化ツールでMS アジュールを活用し、全社の技術革新を推進する。これにより、GE のさまざまな事業部門がマイクロソフトのエンタープライズ機能を活用することで、GE のモニタリング・診断センタ、製造部門、サービス・プログラムなどのプレディクス・プラットフォームで運用管理されるペタバイト級のデータをサポートする体制を確立する。

(3) 両社は、プレディックスのIIoT ソリューションとMS アジュール・スタックとの統合に加え、Power BI、PowerApps をはじめとするサードパーティのソリューションとの統合を深めていくことも検討し、パブリッククラウドとプライベートクラウドにまたがるハイブリッド展開を実現する計画である。

ARC のコメント

6月26日のGE の事業再編・構造改革の発表、7月16日のGE とマイクロソフトの大規模な提携発表に続いて、7月30日に先のWSJ 紙によるデジタル事業売却の記事が出たことによって、市場にさまざまな憶測が飛び交うことになった。これに対して、その翌日、GE のチーフ・デジタル・オフィサーでありGE デジタルのCEO を兼務するビル・ルー(Bill Ruh)氏は、業界アナリスト向けに戦略ブリーフィングを実施した。これに参加したARC 副社長アナリストのクレイグ・レズニック(Craig Resnick)は、各所からの問合せに対して、GE デジタルの非中核部分だけが売却の対象となる可能性があること、またこのほど発表されたマイクロソフトとの提携が、この非中核部分の商品化されたソフトウエアの売却を容易にする可能性があることを述べている。

フラナリー会長のコメント

8月に入って、GE はジョン・フラナリー会長のコメントを発表してGE デジタルを巡る市場の混乱の収拾に努めた。その要点は次の通り。

● GE はこれまでIIoT 分野のリーダーであり、GE デジタルは、発電所、航空、病院、その他の産業部門の顧客企業向けにソフトウエアや他のデジタルツールを開発することによって、われわれが顧客企業向けに産業向けの課題を解決するための必須の構成要素である。

● GE は、GE の技術を顧客や事業パートナーが使い始める前に、GE の自社工場内に展開している。エンジニアはGE の装置類から取得するデータをスマートアルゴリズムに供給し、そこら得られる洞察を用いて生産性と運用性を向上させてきた。今日、世界中に展開中のGE の工場は、消費電力料金を低減させ、生産を最適化し、在庫を低減し、その他多くの作業を達成するためにソフトウエアを活用している。

● 無駄なく軽快な企業体質を実現するために、GE デジタルは技術面、営業面、投資面でのパートナーシップを追及する方針であり、先頃発表したマイクロソフトとの提携はその一例である。この移行に当たっては、ある種異論も起こりうるだろうが、しかしこれは、GE がどのように会社を経営しているかに関する手法では完全に一貫している。即ち、重心としての事業ユニットが自らの成長計画を管理し、その成長計画にはデジタル戦略と運用を一段と効率化するためのソフトウエア活用が含まれる。この運用システムによって、GE は顧客にさらに近づき、われわれのチームはさらに一体化することで適応性を向上できるようになる。デジタルおよびデジタルアプリケーションで顧客を支援するというわれわれのコミットメントは、GE の最優先事項であり続ける。

● GE は、IIoT に関して強力な取組み姿勢を変えず、新たなアプリケーションを開発し続ける。今日、多くのGE の事業、その顧客と外部パートナー企業はプレディックス・ソフトウエアと機械学習ツールを生産性の向上と運用の効率化に活用することで、その恩恵を享受している。

● ソフトウエアはまた、アディティブ製造に備えるために主要な役割を果たしており、ソフトウエアがGE の将来に重要であり続けることは明白である。

● 世界中のユーティリティや航空会社では、プレディックスのプラットフォーム上でプレディックスの製品揃えに含まれる設備パフォーマンス管理(APM)やサービスマックスのアプリケーションなどを活用することで、設備運用の最適化や稼働設備の長寿命化を実現している。

● 従って、GE デジタルは、GE とその産業分野の顧客の双方を対象として今後も継続して強力な商用ビジネスで成長し続けるであろう。われわれは中核となる産業分野で強力な長期の成長を見越している。また、パートナーの活用により、中核産業を越えた領域での強力なデジタルの成長機会を追及する。将来はデジタルであり、GE はその主役となる。

このコメントにより、GE デジタル本体の売却は明確に否定された。とはいえ、GE がIIoT 開発プラットフォームのプレディックスを軸とするデジタル事業でどのようにして収益を上げるかが、まさにこれから問われることになる。