AR/VR シミュレータ活用で従業員の現場力を磨く-ハネウェル

Submitted by Shin Kai on


各種工場やプラントでは、オートメーション技術の高度化により、省人化、省力化を進める一方で、現場に残るオペレータやフィールドワーカの人材と能力こそがますます重要になり、価値ある資産として認識する傾向が強まっている。この人的資源こそ、複雑化するシステムと現場を統合的に理解して管理し、変化に適合し、適切な訓練と教育によってはその高度な業務遂行の行動特性(コンピテンシー)をさらに高める能力を備えているからである。他方、熟練労働者としてプラント運転を支えてきたベビーブーマー世代が大挙して退職期に入るなかで、これを引き継ぐ新世代の従業員への技能伝承や訓練の課題が未だに残されている。また、現場の若手にとって、定修をはじめとして、プラントの停止、再稼働など定常、非定常の多様性を実際に体験する機会が減少していることも懸念材料である。

ハネウェル(Honeywell)は、このほど、製造現場の技能伝承や訓練を通じた人材育成に最先端技術を適用し、現場のプロセス機器の教育とプラントの運転、保全の訓練を目的としてクラウドベースの複合現実シミュレーションを提供する訓練ツールを発表した。人的資源の更なる戦略化を主眼に据えた訓練ツールの概要をご紹介したい。

コンピテンシー管理をソリューション製品化

ハネウェルは、2018年2月にARC が米フロリダ州オーランドで開催したインダストリ・フォーラムの会期中に、クラウドベースで拡張現実(AR)と仮想現実(VR)を組み合わせたミックスドリアリティ・シミュレーションを提供するツールを用いて、製造業現場における人材育成・現場力強化のためのインタラクティブな訓練を提供するソリューションSkills Insight Immersive Competency (没入型コンピテンシー)を同社 Connected Plant (コネクテッド・プラント)の最新コンポーネントとして発表した。ハネウェル・プロセス・ソリューションズ(HPS)が開発した、実践することで学ぶ(learning by doing)ソフトウエアツールと技術によって、現場の従業員は、新たな技能を習得する時間を短縮化できる。

同訓練ソリューションは、ミックスドリアリティとデータ分析、さらにハネウェルが培ってきた従業員コンピテンシー管理のノウハウ・経験を組合せて、安全、運転、保全のための訓練プログラムの開発を可能にし、実地訓練のためのインタラクティブな環境を作り出す。同システムは、3D の仮想モデルとしての可視化したワークフローを生成し、標準的な運用手順のドキュメントを訓練プログラムの中に組込みあるいは生成する。3D 仮想モデルは写真その他の材料から生成され、アンドロイドベースのクラウド・ソフトウエア・プラットフォームであるモービライザ(Mobilizer)を用いて保全作業を計画し、遂行する。フィールド作業員は、マイクロソフト(Microsoft)のホロレンズ(Hololens)や、サムスン(Samusung)製、オクルス(Oculus)製、リアルウエア(Realware)製のヘッドセットを装着活用して保全作業を可視化し管理できる。

発表会の会場から

HPS コネクテッド・プラントのプログラム管理ディレクタであるユーセフ・メスタリ(Youssef Mestari)氏によれば、Immersive Competency のこれまでにない革新的な意味は、プラントの従業員をその従業員に期待されるパフォーマンス達成度レベルと結びつけるところにある。これまでの多くの訓練プログラムの達成度の評価は、そのプログラムの参加者数とその参加者の感想どまりだった。今回のプログラムでは、参加した従業員のパフォーマンス向上の達成度がソリューションの評価対象に直結する。

開発の背景

ハネウェルの顧客である石油・ガス業界大手の事例が象徴的である。この石油製造会社は8年ごとに、使用中のある製造装置の点検を97ステップにわたって実施してきた。今年に入りそれを実施しようとして問題になったのは、過去にこの装置の点検を実施した現場担当者がすべて退職しており、現場に経験者が一人も残っていないことだった。そこで2名の新規採用フィールドワーカが残された詳細なマニュアルに従って作業をすることになった。第55ステップでは「ヒューズをヒューズボックスから引抜く」という指示があったがヒューズボックスは2個あった。結果的にその選択を誤ったことで、その操作の15分後にコンプレッサが火を吹き、プラント全域からの従業員の即時退避とプラント全体の操業停止を招いた。3週間にわたった操業停止は1千万ドルの損害を生んだ。この事例が他社のプラントにとっても他人事でないのは、グローバルの石油・ガス業界で今後5年間のうちに、50%の従業員が退職期を迎えるからである。

第2の課題は、新規に採用されるミレニアル世代の若者層に関わる。オンデマンド型のライフスタイルと自らが関心の持てるものしか学ぼうとしない若者層に対して、退職期が迫る熟練労働者層の知識やノウハウをどのように伝達するか、は直近の課題である。また、今日、ミレ二アル層が製造業の同一の職場に留まるのは2年、ともいわれる。どのようにして、これら新世代層の製造業の仕事への関心が持続できるかが問われる。

この他に、石油・ガス業界では、設備を更新後、従業員の訓練には平均12カ月を要し、新技術の78%が業務に関わる重要度を持つ一方、現場の従業員の38%は別な業務に移りたいと何等かの活動をしており、逆に65%は旧態化した堅固な業務スタイルに留まっている、という調査報告がある。

期待される導入成果

Immersive Competency は、プラント操業の信頼性とアップタイム向上を実現するための知識をプラント内に維持し、その訓練に最新の技術を結集して没入型シミュレーション技術を応用することにより、熟練従業員の技能の継承と新世代の従業員の現場力の育成の課題に対応する。メスタリ氏によれば、訓練手法の違いによる効果度を測定すると、その訓練の3カ月後も訓練を受けた従業員が訓練内容を覚えている比率がImmersive Competency では80%に達する。これに較べて、今日の座学聴講形式の訓練では3カ月後には20%しか残らない。

また、これを用いることにより技術訓練期間も6カ月から2カ月に大幅に短縮できる、という。個々人の現状の業務達成能力の評価分析とギャップ評価分析によって、個々人それぞれに達成が求められるレベルに必要な内容を必要なだけ訓練するプログラムを提供可能にしているからである。すなわち誰もが等しく同じ時間をかけて全て同一のプログラムの訓練を受ける必要はない。訓練生はオンデマンド形式により、クラウド上にあるリアルタイムのプログラムコースを選択でき、プログラムにはその個々の訓練生の認証レベル、達成度評価レベル、訓練進捗度レベルに応じた内容がその都度提供される仕組みだ。

フィールド保全担当員の養成にも効果を発揮する。特定の設備に関する保全の訓練を行う場合には、ステップ・バイ・ステップで、まず、保全作業の流れを一通り見る段階、次にガイダンスに従って作業手順を段階的に実行する段階、さらにガイダンス無しで特定設備の保全を自ら実行する段階、を訓練する。その結果、その訓練生が特定設備に対する保全資格を得る場合と、さらに訓練を要するレベルに留まる場合に分かれる。

航空機のパイロットが実機のフライトを行う前にシミュレータの訓練を重ねるのと同様に、プラントの操業の運転と保全に関する訓練もこのImmersive Competency のシミュレーションベースのシナリオが役に立ち、その成果は、プラント操業、保全のパフォーマンスに直結する。

このシステムの導入により、プラントマネジャーはプラントの生産性とアップタイムの向上を期待でき、スーパーバイザーにとっては、作業員間のよりよい作業分配と作業員のパフォーマンス向上が見込め、人事担当にとっては、システムが個々人の業務遂行能力の評価ベースに機能することをフル活用して熟練技能者の知識を新規採用者に伝承し共有する活動を推進でき、また保全担当者は、作業の安全を確保しつつ保全パフォーマンスと知識を向上できる。

Learning-as-a-Service (LaaS)

ハネウェルが提供するラーニング・アズ・ア・サービス(LaaS)には、複数のシナリオ向けのリスク回避の保証が含まれる。そのひとつが、人が(作業中などに)倒れた場合(man-down)のシミュレーションによる想定であり、オペレータに対して迅速、適切な対応を要求する。状況対応を素早く、正確に実行するために、このシナリオは、man-down safety の機能と、ハネウェルの安全ソリューションの環境アラーム機能を、地図ベースのユーザインターフェースとともにエクスペリオン・オライオン(Experion Orion)コンソールに統合化する。これによって、オペレータは緊急救助隊を指示して的確に現場に向かわせ、応急処置させる事が可能になる、という。

AR/VR シミュレータを活用した作業員の訓練、保全支援システムは今後ますますプラントの現場に普及してくることが見込まれる。しかし、システムに先端技術の粋を集めました、ではユーザ企業は採用しない。そのシミュレータが人的資源の育成の糧となり、継続的に活用でき、運用にも保全にも有用であることが、説得力をもって受止められる必要がある。今回のハネウェルのソリューションは、クラウドベースIoT プラットフォームConnected Plant のコンポーネントの位置づけで発表されたが、ハネウェルユーザ以外にも関心を持たれる要素が詰まっているようである。