顧客中心へと事業構造の転換を急ぐ電力会社-ARC フォーラム基調講演から

Submitted by Shin Kai on


先週のブログに続き、ARC が今月米フロリダ州オーランドで開催したARC インダストリフォーラムの中から、注目度の高かった基調講演をご紹介する。日本に先行する形で電力自由化が進む米国の電力業界では、創業100年を超える老舗も急速に進行するユーティリティ業界の一大変革期に対応するために、電力網の刷新をはじめとするデジタル変革に取組んでいる。米ノースカロライナ州シャーロットに本社を置くデューク・エナジー(Duke Energy)もその1社である。ARC フォーラムでは「よりスマートなエネルギの未来を構築する(Building a Smarter Energy Future)」と題して、同社のスマートグリッド新技術及び運用部門ディレクタであるジェイソン・ハンドレィ(Jason Handley)氏が講演した。

デューク・エナジーは150年以上にわたり電力供給事業を継続してきたユーティリティの老舗である。現在米6州にわたる地域で約750万件、約2,400万人を対象に電力を供給する一方、160万件に天然ガスも供給している。株主には91年間連続で現金配当を実現しているというから息の長い優良企業である。その電力会社が、事業所や家庭の顧客に定額制の安定した電力を供給する事業形態から、顧客の要望・要求に寄り添いきめ細かなサービスと電力会社ならではの独自情報の提供で顧客の関心を惹きつける顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)の創出へと事業の転換を図りつつある。

次の10年に向けた戦略ビジョン

同社は、次なる10年に向けて、顧客満足を実現することを最優先課題として、電力網の刷新に250億ドル、クリーンエネルギ発電に110億ドルを投資する一方、天然ガスの事業費率を現在の8%から15%に引き上げることを目標に掲げ、全て法規制の範囲ながら最新の規制メカニズムを通じて10年以内の投資回収を目指している。省エネを推進する社会的傾向は、そのままではユーティリティ会社にとっての収益減を意味する。したがって、ユーティリティの次世代戦略においては、サービスと顧客連携の強化による収益増を図ることが重要になる。

ハンドレィ氏によれば、顧客を中心に据える事業転換の背景には、電力消費者の意識の変化がある。同社が注視している傾向は、次の6点に集約される。

● 市場構造がどうあれ、顧客は使用する電力と料金を自ら選択し管理したいと望んでいる。

● 分散型エネルギ資源(DER)の比率の増大は、グリッド・エッジ・インテリジェンスの必要性を増大させるだろう。

● IoT がユーティリティ企業や顧客が所有するあらゆるモノをつなげていく。

● DER とエネルギ効率化によって、規制サービスエリア内での負荷増大は横ばいから低減する。

● より一層の分散型機能と先進分析機能へと移行していく。

●  サイバーセキュリティとプライバシー保護の必要性が最高度に求められる。

パーソナライズ化する電力事業

顧客はいまや、エネルギ利用とその支払いに関して影響力を行使できるだけの意思決定に加われるようになったと感じており、デューク・エナジーと相互の意思疎通を図れる手段を求めている。これに対応すべく、同社は顧客との意思疎通が保てるような使い勝手のよい手段を提供する必要がある。ハンドレィ氏によれば、同社が所有する個々の顧客との連絡の履歴から、それぞれの顧客の属性と要望に関する理解を深め、パーソナライズ化したサービスへと展開する方向性を打ち出している。

顧客を中心とするシステムには、例えば、支払期日の設定の自由度を上げる、ペイ・パー・プログラム、支払い期日の告知、個別プログラムの設定などが含まれる。セルフサービスやコンタクトセンターのサービスレベルを超えて、身近に意思疎通の回数を増やすことが、価格の影響力を超えて、より深い顧客との連携を生み出す。このため、地域訪問、コミュニティ活動参画、個別接触等あらゆるローカルでの機会を通じて顧客と接し、顧客個々に独特の必要性を理解して、信用関係を築いていく、という。

これはユーティリティ業界の変革に含まれる活動で、エネルギ・バリュー・チェーンの配電領域において、基盤設備、ネットワークシステム、データと分析の階層に基づく顧客理解が事業収益と顧客価値を増大させるという構造理解に基づいている。

顧客と電力会社との情報共有の手段としては、専用の小型携帯スマートデバイスecobee や、スマートホンを通じて、地域の外気温と空調を使用した際の最適化シミュレーションを表示したり、室内外の温度表示と、暑い、適度、寒い、など所有者の体感の選択により、エネルギ利用の最適化に役立てる、あるいは支払う電力料金の月別推移や請求書、支払日の告知と支払い処理、地域の停電の発生情報などをモニター表示して提供する取組みが始まっている。これとともに、コミュニティと協働して街路灯を活用したスマートコミュニティの取組みも始めている。また電力利用契約のチャンネルを多様化し、顧客サービスロボット利用や個々の電力利用履歴の分析に基づく節約のためのアドバイスの提供などパーソナル化した情報の提供を充実化しつつある。

スマート化に向けた電力網の更新

同社の電力網の刷新計画には、設備の予知保全・処方保全、スマートグリッド運用、スマートメータ、電柱・電線に関わる植生管理、分散エネルギ資源とデマンドレスポンス・蓄電管理、地域天気予測と電力需要の精密予測、フィールドサービス最適化などに加え、収益保護、ハリケーン・氷結等荒天分析、停電・電圧・無効電流等各種分析機能、企業向け分散システム健全性検査ツールなどの詳細が含まれている。

今日の太陽光、風力など多様な発電資源は、現行の電力網では上手く活用できない。また今日の旧態化した電力網設備の保全は今後ますます難しくなる見通しである。人手に頼る保守や、通信網との未統合などの問題を抱え、スマートグリッドへの移行が急務となっている。これに対してハンドレィ氏は「これからの電力網は、大量のデータと多様なデータタイプを生成するようになり、これにはユーティリティ会社由来の設備からのものもあれば、そうでない設備からのものも含まれる。様々な意思決定は、分散型インテリジェンスと制御が整備されるにしたがって、中央集約型と分散型の双方で実行されなければならなくなる。すなわち電力網は、1秒間に数百万件の電力処理をこなすような自社及び他社からの多数の発電資源の結合体となり、これが新たなピア・ツー・ピアのエネルギ経済となるだろう」と語る。

オハイオ・グリッドの構築

すでに同社が先行的に構築したオハイオ州のスマートグリッドは、約3,000平方マイルの地域をカバーし、送電線長は約2,500マイル、配電線長は約19,000マイルで、約712,000件の住宅、商用、工業用顧客がこれに含まれる。この地区では、顧客の選択肢や管理の範囲が拡大するなど顧客との連携が密になり、暴風雨やサイバーセキュリティに対する防護が堅牢化し、停電率が低下して電力供給の信頼性が向上し、再生エネルギの利用率が高く、雇用を創出して経済的に有効な運用が実現している、という。

デューク・エナジーが推進するよりスマートなエネルギの未来像には次の要件が含まれる。

● 配線網の地下化による停電リスクの低減

● 自然の脅威に耐える堅牢で回復力を備えた配電網

● 網技術の強化による問題発生箇所の自己同定と経路変更(自律最適化)を実現して停電件数と遅延を低減

● 請求額を低減可能にする先進的スマートメータインフラ

● 物理的およびサイバーセキュリティの脅威に対する防護と網安全の確保

● 再生エネルギと新技術の持続的成長を支援

この目標の実現に向けて、同社は2017年から5年間に100億ドルのスマートグリッドと網の信頼性向上プログラムへの投資を計画している。

デジタル変革の6つの柱

デューク・エナジーは、6つのデジタル変革領域を特定している。これには、ソフトウエアエンジニアリングなどの製品イノベーション領域、データサイエンスやHadoop、HANA などを含む分析機能領域、企業データプラットフォームをはじめとするデータ領域、API ファクトリやクラウドネイティブ設計などを含む先進アーキテクチャ領域、モバイルApp 開発などのUX プラットフォーム領域、さらにロボット活用プロセスオートメーションなどオートメーション領域が含まれる。

これらはそれぞれ多数の新技術要素と手法を活用することで変革が推進される。例えば、分散型天然ガス発電、スマートブレーカ、インテリジェントマシン、マイクログリッド、ウエアラブル、ブロックチェーン、高度燃焼、高度冷却、汚水処理・再利用、二酸化炭素回収貯留、燃料電池、ソリッドステート変圧器、ピア・ツー・ピア・エネルギ・ネットワーク、サイバーセキュリティ、グリッド上にインテリジェント層を形成するのに役立つアーキテクチャとしての分散型インテリジェンス(DI)などが含まれる。とりわけDI は、ヘッドエンド、ノード、グリッドエッジのどの場所においても実現でき、グリッド運用を管理するための重要な要素となる。

またセキュリティはサイバー脅威対策に留まらず、また単なる暗号化技術に留まることもなく、物理的、サイバー、貯蔵、ネットワークのすべてにわたって重要な技術となる。エッジにおけるインテリジェンスの増加と設備のネットワーク化の進展によって、セキュリティの重要度は一段と増加する。セキュリティの脅威は継続的に進化するから、そのソリューション対策もこれに適合して進化する必要がある。標準化とモジュラー化によって、ベンダの違いやプラットフォームの違いを克服できる。ただし、あらゆるところに境界領域がたち現れる以上、従来型のセキュリティシステムのように境界領域を防護することはできない、という。