スマートシティの開発-「都市は人類が生み出した最も精緻なプロダクト」

Submitted by Shin Kai on

 

「バーチャル・シンガポール」構想が、スマートシティの先進的プロジェクト事例として注目を集めている。この構想は、東京都23区ほどの面積に560万人超の人口を有する島国である都市国家シンガポールを丸ごと3Dデジタル情報モデル化するもので、2015年6月に仏ダッソー・システムズ(Dassault Systèmes)とシンガポール国立研究財団(National Research Foundation: NRF)が共同で発表した。「バーチャル・シンガポール」プラットフォームは現在ベータ版の公開などを実施している段階で、2018年の完成を目指している。これに続き、今年の11月には、同じくダッソー・システムズとフランスのレンヌ都市圏(Rennes Metropole)が、都市のデジタル・ツイン作りを目指して「バーチャル・レンヌ」構想を発表した。都市国家や自治体を対象とする大規模なスマートシティ開発のデジタル化の背景と課題を俯瞰してみたい。

仮想都市国家の取組み

ダッソー・システムズによれば、「バーチャル・シンガポール」は、シンガポールの建築物、交通網、地形・景観をすべて3D モデル技術でバーチャル空間に再現し、シミュレーションやビッグデータ分析と組み合わせることで、未来の都市づくりや市民との合意形成に役立てようという先進的な取り組みである。このプラットフォーム上では、シンガポールの各政府省庁、研究教育機関、企業および国民が、シンガポールが直面する様々な課題に対処するためのツールやサービスを開発できる、という。

プラットフォームを構成する建築物、交通網、地形などの画像やデータは、NRF をはじめ、シンガポール土地管理局(Singapore Land Authority)、情報通信開発庁(Infocomm Development Authority of Singapore)、住宅開発庁(Housing and Development Board)などプロジェクトを主導する公的機関から集められており、そこにはジオメトリ、地理空間、地形、人口動態、移動、気候に関する過去及び現在のデータが含まれる。具体的には、市民生活に関わる高齢者の生活地域や企業やショッピングモール、レストランが立ち並ぶ地域に関する人口統計データや交通機関の運行スケジュール、駐車場、緑地の規模なども含まれる。これに加え、スマートフォンやカメラ、センサからリアルタイムに収集された新規データを整理・分析し、シンガポールが直面する課題に対応するためのソリューションをモデル化し、予測する、という。

このプラットフォームを活用すれば、例えば都市計画立案者の場合、人口増加や水資源の管理、公共イベント、建物のパターンなど、多面的な都市の要素に対するさまざまな市民の反応を検証し、最も安全で支持される都市をつくりだすための要素を取込むことができる。スタジアムを1つ建設する場合にも、そのスタジアムが与える車両交通や人の流れ、エネルギ消費量から、日照時間中の建物の日影の形成とその影響、緊急時の避難誘導経路に至るまでバーチャルにテストし計画を立案できるようになる、という。

このようにして、「バーチャル・シンガポール」は、人口の伸びや新規開発、その他イベントに応じて都市が時間とともにどのように発展し進化するかをユーザへ3D モデルで視覚化できるようにすることを目指している。公開されているベータ版の操作画面を見る限り、あたかもフライトシミュレータでシンガポールの実際の街中のあちこちを飛び回っているかのような感覚である。各建物や港湾・インフラ施設にはデータが埋め込んであり、クリックしてその場その場のデータを取得できる。

利用者として想定されているのは、まず政府機関であるが、それ以外にも国民、企業、研究者の活用が想定されている。これら複数の利用者層にそれぞれが必要とするデータを提供することを想定しており、このため機密データや国家セキュリティ、プライバシーに関わる情報など慎重な扱いが求められるデータが確実に保護されるようなアクセスと共有の制御の仕組みが追及されている。また、例えば個人が、スマートフォンやタブレットからでもアクセスできるよう、多くの異なるデバイスによる利用が検討されている。

仮想大都市圏の取組み

今年の11月に発表されたフランスのレンヌ市を中心とするレンヌ都市圏の場合は、都市計画の策定と遂行に役立つデジタル都市モデルを開発する事を決定した。レンヌ都市圏では、この「バーチャル・レンヌ」プラットフォームを活用して、今後の都市プロジェクトとサービスを市民に最適化させる取組みを開始する。レンヌはフランス西部ブルターニュ地方の中核都市である。人口約21万人の市部を含む都市圏全域の推定人口は約45万人で規模的には日本の中規模の地方都市に相当する。ただし、成長率ではフランス国内で第2位の急成長を遂げている。このため、都市集中型の急激な発展にともない、建築物、公共施設網、交通機関、社会インフラなどの再開発・整備計画が複雑化し調整が難しくなってきているという背景がある。

都市のデジタル・ツインを実現するこの「バーチャル・レンヌ」プラットフォーム上では、複数の情報源から得られるデータは単一のリファレンスに収集され、新しいデータが取得されるたびにリファレンスが更新される、という。この利用者として想定されるレンヌの政府機関、市民、企業、開発事業者、サービスプロバイダなどは、実際の都市を詳細かつ正確に再現したレンヌ都市圏の仮想都市モデルを介して、俯瞰的な視点で都市の発展を巡って様々に試行錯誤し、仮想体験し、議論し、可視化することが可能になる。また、持続可能で住みやすさとレジリエンスを備えた都市を追求し、その実現に向けたソリューションを官民共同で開発し、社会と都市の新しい課題を解決することに取組む、という。

都市は精緻なプロダクト

上記いずれのプロジェクトもダッソー・システムズの「3DEXPERIENCity」(3Dエクスペリエンシティ)を導入してこれを開発している。このソリューションは2014年に同社がGEOVIA (ジオビア)ブランドの元に市民の生活環境向上を実現するための都市環境作りをターゲットとして発表したプラットフォームであり、これにより都市計画者は仮想空間で都市の機能要素としての景観から各種構造物にいたるまでをモデル化しシミュレーションできる。膨大なデータ処理を伴う技術であるにもかかわらず、その利用者にはあたかも容易にアクセスし変更できるような3D モデルの動態画像として表現することを可能にしている。

同社のCEOであるベルナール・シャーレス(Bernard Charlès)は、「バーチャル・シンガポール」について語る中で「都市は、人類によって生み出された、最も精緻なプロダクト」と述べている。航空機や自動車などの開発設計向けに3D CAD のCATIA をはじめ、デジタルモックアップ、PLM を提供してきた同社は、いまや3D 技術によって顧客の体験(エクスペリエンス)を提供するに至っており、都市も、その技術の適用対象となる「プロダクト」のひとつに過ぎない。

同社は、ファイルベースシステムから3D デジタルモデル化に基づくモデルベースシステムへの転換によるリアリスティックな可視化が、機能の理解を深め、製品開発のための様々な検証と試行錯誤をバーチャルに可能にし、物理的試作品の削減に貢献する、というメリットを追及するに留まらず、様々なステークホルダが参加可能なコラボレーションのためのプラットフォームになることを重視している。

先日、同社のグローバル・フィールド・オペレーション(アジア・オセアニア地区担当)のエグゼクティブVP であるシルバン・ローラン(Sylvain Laurent)氏が来日し、その記者会見に参加した。その折に同氏は、アジア・オセアニア地域においてもスマートシティの開発・発展に大きな期待が持てることを語る中で、特に同社のプラットフォームが「従来型の意思決定の(組織内の)サイロ構造を破壊し、様々な関係者のコラボレーション環境を実現して連携の効果を上げることに貢献できる」ことを強調していた。

都市計画においても、複雑化する様々な問題に対応するために、都市計画の立案の場面では、規制監督者、設計者、開発事業者、インフラ事業者、環境専門家、住民などの意見調整が不可欠である。その検討の参画型プラットフォームとして幅広く、かつセキュアな情報の共有を可能にする「バーチャル・シティ」は、最も先進的な取り組みといえるだろう。

変更管理の問題

他方、この「バーチャル・シティ」の取り組みで規模が拡大すればするほど懸念材料となるのが運用面における変更管理の問題である。都市は生き物である。常に変化してやまない。ひとたび「バーチャル・シティ」のプラットフォームに取り込まれたデータの精度は、様々なスピードで劣化を始める。とりわけ膨大なデータ件数とその複雑に絡むデータ間の連携とが、変更管理を困難にすることが予想され、その作業の複雑さは懸念材料として残る。しかし他方、ほぼリアルタイムで的確な変更管理が実現しなければ、都市のデジタル・ツインはいずれ破たんするだろう。「バーチャル・シティ」に対する消極的な見方の多くは、この変更管理の複雑化と困難を予想するところから生じている。

化学プラントで利用されているプラントオペレータ向けの訓練シミュレータも、導入の初期にはその活用が促進されるが、数年後にはたな晒しになる話をよく聞く。実際のプラントの変更にシステムが対応できず、シミュレーションが現実から乖離するからであり、つまるところ、シミュレータのデータ更新の継続に要する費用が安くないからである。

変更管理にとどまらず、資産のライフサイクル情報管理(ALIM)の手法に基づけば、構成管理、記録管理、知識管理とこれらを結ぶワークフロープロセスのどの要素も重要である。「バーチャル・シンガポール」や「バーチャル・レンヌ」のプロジェクトが、今後これらの課題をどう解決していくかに、そのスマートシティとしての真価と成果が問われるだろう。