デジタル製造時代の人材継承と名刺の肩書き

Submitted by Shin Kai on

 

もう2~3年もすれば、初めての面会時にいただく名刺に「デジタル・ツイン・アーキテクト」や「製造サイバーセキュリティ・ストラテジスト」、「協働ロボティクス専門職」、「IT/OT システム・エンジニア」、あるいは「予知保全システム・スペシャリスト」や「企業デジタル倫理担当」といった肩書きが登場するのだろうか。そんなことを想像しながら、このほど米国のUI Labs とManpowerGroup が公開した「製造業におけるデジタル人材継承(The Digital Workforce Succession in Manufacturing)」と題する調査報告書を読んだ。

この報告書の概要を、米国のARC アナリストが今週号に掲載の「米国の次世代製造業に求められる従業員の技能分析」の記事で紹介している。主として米国の次世代製造業(スマート製造)を構成する165種のデータ主導型の製造及び設計分野の職能を特定していて、デジタル技術の広範囲に及ぶ製造業への役割を特定づける20の新たな業務の役割についても記述していて興味深い。

デジタル化で求められる技能と人材

UI Labs は、オバマ政権時代に米国のスマート製造業の開発促進プログラムの一環として米国防総省(DoD)が予算をつけた「デジタル製造および設計イノベーション研究所(DMDII)」の活動の一部としてこの報告書を発行している。製造業では、新技術の導入によって技術移行が進行中であり、これを実現可能にする技能を保有する人材の育成と獲得が課題となっている。今や専門的業務が必要とする人材の要件をデジタル化が塗り替えつつある。企業は将来も事業を継続するために、拡大する専門技術者のスキルギャップを乗り越えなければならない。従ってこの報告書の狙いは、デジタル技術が生成する新たな役割と技能の位置づけを特定し、デジタルエンタープライズの実現に向かう製造業の事業者と教育機関が、デジタルツインやつながるスマートマシンや拡張現実技術を使いこなすこれからの専門技術者の人材の教育、育成に役立つことである。

同報告書によれば、このデジタルスマート製造分野は米国経済の13%を構成するが、1996年以降に生まれた“生来デジタル”のZ世代(Generation Z)が活躍できるための65%の業務が未整備であるという。また、製造業の給与ベース(年収)の平均が73K ドルであるのに対して、高度デジタル製造業の従業員の平均はほぼ95K ドルと高収入が期待され、若者にとって製造業の専門職が魅力的な職業となることが指摘されている。

新業務のプロファイル

報告書は、デジタル製造・設計領域で新たにニーズが高まる業務のプロファイルとして6部門20の職能をリスト化している。これを列記すると、「デジタルエンタープライズ」部門では、チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)、デジタル製造組織変更管理ストラテジスト、企業サプライ・ネットワーク・マネジャー、企業デジタル倫理担当の4件、「デジタル設計」部門では、モデル・ベース・システム・エンジニアリング(MBSE)エンジニア、VR(仮想現実)/AR(拡張現実)システム・スペシャリスト、従業員エクスペリエンス・デザイナ、ユーザ・エクスペリエンス・アーキテクトの4件、「デジタル製造」部門では、デジタル製造エンジニア、予知保全システム・スペシャリスト、機械学習スペシャリスト、ファクトリ・オートメーション・エンジニア、協働ロボティクス・スペシャリストの5件、「デジタル・スレッド(工程間連携)」部門では、デジタル・スレッド・エンジニア、製造サイバーセキュリティ・ストラテジスト、デジタル・ツイン・アーキテクト、IT/OT システム・エンジニアの4件、「デジタル製品」部門では、組込み製品故障予測技術(prognostics)エンジニアの1件、「サプライ・ネットワーク」部門では、サプライ・ネットワーク予知分析エンジニア、デジタル製造バイオミミクリ(biomimicry)スペシャリストの2件、である。

キャリアパスの確立に向けて

実は当然のことながら、これらの新業務を部門内に設立し、これら業務にエンジニアを任命するだけでは何も起こらない。企業はまず、企業のビジョンと戦略の中に新技術の受容を計画し、導入する際には、それぞれの業務専門職のキャリアパスを想定し、デザインし、確立しなければならないだろう。そのキャリアパスが、社内外に認知されてようやく、大学や専門学校、あるいはコミュニティカレッジでこれらの専門職種に対応した教育が立ち上がるからである。

またこれとともに、国際標準規格に基づいた、各種専門認定制度も整備される必要があるだろう。専門職である以上、どのグレード、どの領域に関わるかが特定される必要がある。とりわけ新規の職能に関して同じ肩書きを使いながら、企業ごとに業務内容の理解が異なるようでは、教育機関にも、従業員側にも、またこれを採用する側にも混乱が生じることになるからである。

例えば、米国では産業オートメーション制御システム(IACS)サイバーセキュリティ専門家の育成のためのプログラムが、オバマ政権時代に整備され、オートメーション・エンジニアそのものの定義作業の上に、SANS インスティテュートが提供するISO/IEC 17024 標準準拠のGIAC GICSP 認証試験に加え、ISA/IEC 62443 準拠サイバーセキュリティ基礎分野専門家、同リスクアセスメント専門家、同設計専門家、同サイバーセキュリティ・エキスパート、さらにミッション・クリティカル認証取得専門家のそれぞれの段階ごとに認証資格制度が整えられ、この資格試験に準じて教育体制も整備されてきている。

日本でも、政府、企業、高等教育機関が連携したデジタル人材育成の動きが不可欠である。デジタル製造業の新たな職能、職種の肩書きを持つ人々と名刺交換する日が待ち遠しい。