シーメンスが推進するデジタル変革

Submitted by Shin Kai on

 

世界最大のオートメーション企業シーメンス(Siemens)の9月は忙しい。9月末が同社の期末にあたることによるが、これとともに、今期の成果を踏まえて来期以降の事業戦略を展望するタイミングにあたる。従って毎年、新技術・新製品の発表ラッシュが4月のハノーバーメッセを1つの頂点として発生するのに対して、9月には、世界各地で報道記者や業界アナリスト、またユーザを対象とする事業説明会が開催される。今年は日本でも、シーメンスAG の最高技術責任者(CTO)ローランド・ブッシュ(Roland Busch)氏が来日して、わずか1時間半という短い時間ながら、「デジタル変革をリードするSiemens Digitalization Day Japan」と題する記者説明会が催された。その中から一部を紹介したい。

ブッシュ氏の発表は、先進技術とデジタル化(degitalization)を取り込んで自社の事業構造を変革する成長戦略と、これと連動するデジタル化プロセスを市場に包括的に展開するためのクラウドベース、オープンIoT オペレーションシステムMindSphere(マインドスフィア)の提供を骨子としていた。

成長領域はデジタリゼーション市場

ちょうど1年前の数字になるが、200カ国以上で35万1,000人の従業員を擁するシーメンスの2016年度の年間受注額は865億ユーロ、売上高は796億ユーロあり、省エネ、省資源技術で先行するオートメーション業界のリーディング企業であると同時に、マイクロソフトや、グーグル、SAP などとならび世界トップ10 に入るソフトウエア事業会社でもある。特に2007年にUGS を買収して以降、最近のメンターグラフィックス、CD アダプコなどの買収に至るまで、10年間で100億ユーロ規模の投資を行ってきた蓄積が、同社をバーチャル・リアル統合や、デジタルツインといった先進の製造業の環境を開発する先導者たらしめている。

シーメンスの事業を大きく電化(Electrification)、オートメーション化(Automation)、ソフトウエアとデジタルサービスで構成するデジタル化(Digitalization)に3分割すると、2016年度の売上げ規模は、シーメンスが伝統的に強い電化分野が420億ユーロ、またオートメーション化分野が180億ユーロを占め、さらにこの従来型事業領域のサービス事業が170億ユーロを占める。デジタル化の事業領域は、これらに比較するとまだ規模が小さく、設計・シミュレーションなどを含むソフトウエア事業が33億ユーロ、垂直専門分野ごとのデジタルサービス群で構成するデジタルサービス事業が約10億ユーロで、デジタル化領域は売上げ全体の約5.3%の構成に留まる。

とはいえ、2016年度にデジタル化領域の売上げは前年度比で12%伸張した。さらに、2020年までの市場成長率の予測を比較すると、従来型分野は安定的な成長が見込まれ、電化が1~2%増、自動化が3~4%増の成長を遂げると見られるのに対し、デジタル化の成長率は8%を超えて伸張するという予測である。基盤事業をしっかり安定長させながら、シーメンスの企業の成長力はデジタル化に依存する構造が見える。同社はこのデジタル化を市場に展開するために、クラウド連携によるスケーラブルなプラットフォーム・アズ・ア・サービス(PaaS)としてMindSphere を中軸に展開する体制を整えてきている。

MindSphere の展開

MindSphere は、オープンな標準を採用してフィールド機器からデータを収集するための接続性を実現するMindConnect 層、顧客特有のアプリケーション開発を可能にする一方、異なるクラウドインフラ(IaaS)に対応可能なプラットフォームMindSphere層、さらにその上位にシーメンスのオリジナルやOEM、エンドユーザが各種アプリケーションを提供するアプリケーション群としてのMindApps 層の三層で構成される。すでにフィールドに設置・展開している多種多様な機器、装置、移動体とのセキュアな接続とデータ収集、データへのアプリケーション適用を可能にするために、幅広いパートナーとの連携が不可欠である。このため、シーメンスは世界中の市場で、コンサルティング・戦略パートナー、アプリケーション開発、システムインテグレータ、テクノロジープロバイダ、IaaS プロバイダ、接続性(MindConnect)開発の各部門でパートナー連携とその拡張に注力している。当然、日本でのパートナー作りにも余念がなく、ジェイテクト、パナソニック、富士電機、ISID など拡大しつつある。

製品やサービスの開発者は、シーメンスのMindSphere を活用することで、アプリケーションを開発し、展開することができる。シーメンスがすでに提供可能なソリューションには、設計・エンジニアリング、オートメーション・オペレーション、メンテナンス・利活用に至るシーメンスの各種ソフトウエア、デジタルツールに加え、データ分析を伴った各種専門分野ごとのデジタルサービスと接続性の提供が可能である。このMindSphereのソフトウエアおよびデジタルサービスの活用によって、製造業に限らず、企業は分散設備の遠隔監視、予知保全、エネルギデータ管理、資源の有効活用などで最適化の成果が期待できる。

ブッシュ氏が紹介した事例では、スマートメータの導入とシーメンスの電力データ管理ソフトウエアEnergyIP の活用により、メータからのデータや停電などの情報を収集、集計、認証する自動化ワークフローを確立して電力会社の年間コストを約100万ドル削減することに成功した米国ジャクソンビルのスマートグリッドが紹介された。また、シーメンスの設計・シミュレーション・PLM (製品ライフサイクル管理)ツールのフル活用によって、製造工程で5,000万件のデータを毎日収集し、1,000種類の製品をPLM のTeamcenter で統合管理することで1日当たり120種類以上の製品を製造し、75%の自動化率を達成し、100万個当たりの欠陥箇所を11未満に抑えて良品率99.9988%を達成しているドイツ、アンベルグの自社工場のデジタルファクトリ事例がある。

さらに、イタリアのスポーツカーメーカー、マセラティは、Teamcenter を協働プラットフォームのデータバックボーンとして、デジタル変革のためのシーメンス独自のポートフォリオであるデジタル・エンタープライズ・スイートを採用し、MindSphere 上でPLM とMOM(製造運用管理)とTIA(トータル統合オートメーション)連携を実現し、開発時間を30%短縮しながら、7万通り以上の自動車部品の組合せを可能にし、製造高を3倍にすることに成功している、という。