経産省主催スマート保安セミナーの事例紹介から

Submitted by Shin Kai on

 

経産省が主催して2017年7月31日に都内で「スマート保安セミナー」が開催された。今回のセミナーは、同省が主導するスマート保安およびサプライチェーンにおける産業保安の重要性にフォーカスしたイベントで、約300人を集めた。国内の多くのプラントで老朽化が進み、保守・保全管理の実務を担ってきた熟練の従業員が引退期を迎えつつある中、同省は、安全性・生産性の維持・向上の手段として、IoT 等を活用した「スマート保安」に取組む事業者に対して優遇措置を付与するなど、制度の見直しを進めている。4月には、石油精製・石油化学、電力・ガス等の分野から、IoT、ビッグデータ、AI 技術の導入による産業保安のスマート化で先行し、安全性と収益性の両面で成果を上げている6業種25社についてまとめた「スマート保安先行事例集」を発行している。今回のセミナーは、この事例集に掲載された国内のスマート化先行事業所から具体的な取組みを聞く好機であった。

経産省の取組み

「スマート保安」の施策を巡っては、経産省の産業保安グループが、これまで産業保安法令全体の見直しを進める中で、IoT等を活用した自主保安の高度化に取組む事業者に対して、規制上のポジティブインセンティブを導入してきた。まず電気事業法下では、IoT による常時監視など高度な保安力を有する火力発電所について定期審査間隔・連続運転機関を延長し、今年4月から民間企業による審査を従来の3年毎から最大6年毎、ボイラー・タービンの連続運転期間を、従来のボイラー2年・タービン4年からそれぞれ最大6年にまで延長した。

また同様に、高圧ガス保安法下では、高度な自主保安に取組む事業所(いわゆるスーパー認定事業所)にポジティブインセンティブを付与する制度を実施し、従来の認定事業所が自主検査により連続運転期間4年であったものを、今年4月から、連続運転期間を最長8年としたほか、設備変更許可に関して届出の範囲を拡大し、検査手法も柔軟化した。

産業保安の今後の方向性としては、制度の見直しやIoT 活用等による保安の高度化・合理化に加え、事業者の保安力が市場で評価され、事業者の適切な保安投資につながるよう、保険など市場メカニズムを活用した仕組みを構築することや、保安力の海外展開を図って、国際ルールでの主導的役割やインフラシステム輸出などの海外展開を後押しする方針である。

従来、設備の稼働停止をともなう検査を、8年を限度に自由に設定できるスーパー認定事業所の制度導入に関しては、当初、プロセスプラント業界内でも「IoT の導入がどれほどプラントの安定・安全操業に有効かの検証を十分に経ないまま、IoT ありきの制度が先行するのは、事業所の自主保安と相容れない」という批判が強かった。また、「従来のプラントは、設備稼働の停止を伴う年1回の検査を前提として建設されたものも多く、プラント設計の見直しをせずに連続運転の延長だけに関心を向けることは返ってプラントの保安を危うくしないか」という懸念もあった。

しかし今回セミナー会場内で数社の石油会社、化学企業の制御系担当者の声を聞いた限りでは、依然として安全性にして不透明な領域を残すものの、それぞれの企業内のIoT やAI 技術導入の機運の高まりに乗じて、1年前よりスーパー認定事業所の認定の取得に積極的に取組もうとする企業が増えている、という感触を得た。

先行事業所の取組み-火力発電所の予知保全

スマート保安の事例紹介として、中部電力碧南火力発電所と日本エイアンドエル愛媛工場の事例が発表された。また、パネル討論のパネリストとして、花王和歌山工場が「数理的計画手法による総光熱費の最適化」を、旭化成水島製造所が「保温材下腐食へのリスクに基づいた設備管理の適用事例」の取組みを紹介して、いずれも製造現場の声として大変興味深い示唆を含んでいた。

中部電力の発表は「電力業界におけるIoT 技術活用のメリット及び成功要因」と題するもので、火力発電設備の異常予兆の早期発見をテーマとしていた。碧南火力発電所は総出力410万kW で、石炭火力発電所として国内第1位の規模を持つ。またマルチベンダによる発電機5基の同発電所で燃焼させた石炭の銘柄は累計で134種に上る。

同発電所はIoT 技術ベースのビッグデータ分析をコアとした火力最適運転支援システムを開発し、これにより大量のプラントデータから、状態変化、異常などの予兆を捉え、早期対処により最適運転の維持と故障の未然防止に成功している。碧南火力発電所では、約2,500点あるセンサデータを警報装置、計算システム等の監視・管理装置で常時監視ししている。ここに2014年度からNEC 製のインバリアント分析技術を導入し、システムの複数の時系列数値データをもとに関係性を自動抽出(モデル化)して、センサデータ同士の関係性を監視することにより、システム内の関係性の崩れを監視できるようになった。

このシステムを用いると、例えば、石炭から微粉炭を生成する工程で、ミルローラ加圧油タンクの温度上昇の異常に関しては、警報発信に至らない温度上昇の変化に対して運転員が異常を認識する約10時間前から異常が検知できるようになった。

今後、短期間で発生する異常事象に加え、中長期の異常傾向に対する検知方法の確立や、異常を判断する運転員、監視・分析員をサポートするための仕組みの構築、予兆がない異常事象に対するシステムの検知限界を明らかにする課題に取組む一方、他社の火力発電施設に対するビッグデータ分析技術の導入支援や、監視・分析による運転・保守技術の導入を支援するという新規事業としても展開する、という。

化学工場のアラームマネジメントシステム構築

ABS 樹脂、AES 樹脂、合成ゴムラテックス生産が主力の日本エイアンドエルの愛媛工場は、「アラームマネジメント導入と実践」で成果を発表した。操業開始から約50年を経過した同工場でも、熟練オペレータの大量退職と若手オペレータのミスの増加問題、アラーム削減活動のなかでの手詰まり感と削減することによる安全面での懸念を抱えていた。これを背景に、2011年度からプラント価値の最大化を目標として、アラームマネジメントの導入を開始し、連続プラントA、Bを手始めに、その後バッチプラントC、Dへも展開してきた。導入に際しては、第1フェーズ「組織価値定義」、第2フェーズ「Alarm Management」確立、第3フェーズHMI設計の段階を踏んだ。またアラームマネジメントサイクルの運用はISA/ANSI 18.2-2009 に準拠して、明確なアラーム指針を確立するところからスタートし、HAZOP による同定、適正化、3カ月ごとの監視・評価でPDCA サイクルを回すというシステムを徹底した。その上で、アラーム対応操作演習を実施し、発生から対応操作までの時間を計測し、時間的余裕度を検証してきた。

また、アラームは現場が構築することを原則とし、現場に即した最適化をはかるために、敢えてDCS サプライヤとは異なる保守ベンダを採用し、運転員の非定常時の体応力など人材の熟練度合いに適したシステムの導入を図った、という。

この結果、アラーム数、アラーム洪水件数ともに目に見えて減少させることに成功し、監視漏れや機器操作ミスの件数も抑制することに効果を上げ、稼働安定性の向上につながった。また保安面では、自社で確立したアラームマネジメントシステムを各プラントにヨコ展開するなかで、熟練人材のノウハウを若手人材に伝承することにも成果を上げてきた、という。新技術を活かすのは、製造現場の現場力であり、また現場を活かすのが新技術の役割であることを再認識する発表であった。