ABB のB&R 買収が引き起こした波紋

Submitted by Shin Kai on

 

4月4日の週、ABB がオーストリアのエッゲルスベルグ(Eggelsberg)に拠点を置くB&R を買収したというニュースが世界のオートメーション業界を駆け巡った。B&R は産業用機械を製造するマシンビルダ向けにファクトリ・オートメーションのソリューションを供給する中堅企業である。研究開発とアプリ開発エンジニア約1,000名を含む従業員3,000人以上を世界70カ国に展開し、2016年度の売上げは約6億ドル、過去20年間の年平均成長率(CAGR)が平均して11%という高成長を遂げてきた。ABB による同社の買収が業界を熟知する欧米のアナリストたちを驚かせたのには、いくつかの理由があった。

欧州が世界最大のオートメーション市場規模をもつとはいえ、シーメンスのような巨大企業が勢力を張る市場で中堅FA企業が成長するためには、よほどの独立性、独自性が要求される。ARC の欧州のアナリスト、デービット・ハンフリー(David Humphrey)は、B&R が業界の異端児的な位置づけで成長してきた、という。小規模ながら、顧客に密着し、小回りを利かせたカスタマイズとエンジニアリング力によって、大企業が標準化しどこでも手に入るような商品では実現できない機能やソリューションを開発し、さらに大企業が近づきたがらない小規模な案件にも対応することを得意として成長した。また、業界の主流に背を向け、独自の開発で主流を凌ぐだけの高度な技術開発力も備えていた。一例を挙げれば、IEEE802.3 イーサネット標準規格に完全準拠しリアルタイム伝送を可能にするPowerlink 通信規格は、同社が開発し公開した技術である。

実はこの種の中堅(Mittelstand)と呼ばれる企業が欧州には少なからずある。個性の強い創業者が健在だったり、同族企業であったりすることが多く、いずれも買収は不可能、というのが定説になっている。従って、ARC の米国のアナリスト、ハリー・フォーブス(Harry Forbes)は、ABB がB&R に着目したこと自体は驚くに値しないが、買収しえたことが驚くに値する、と述べている。

ABB がプロセスオートメーション分野だけで65億ドル強、その他ディスクリートオートメーションとモバイル事業で64億ドルの売上げ規模を誇るのに対し、B&R の6億ドルはABB の5%に満たない。また、ARC の市場調査によれば、B&R のPLC の世界市場シェアは4%台に留まる。それでも、ARC のInsight レポート ”B&R Acquisition Completes ABB Automation Portfolio” では、今回の買収が周到に計画され、ABB が抱えるFA 分野向けに提供可能なポートフォリオの大きな欠如部分を、B&R のコントローラ、パネル、産業用PC、サーボドライブなどの製品が見事に補完することを明らかにしている。小規模な企業の買収により、製品揃えの大きなギャップを埋めることに成功したABB の手腕にも驚かされる。これによりABB は、オートメーションのディスクリート、ハイブリッドから重プロセスに至る全領域の製品をほぼ完備することになり、首位のシーメンス、2013年にインベンシスを買収してプロセス分野に拡大したシュナイダーエレクトリックを追う体制が整った。

さらに、4月5日付のブルームバーグ電が、ABB の初期の買収目標が、ロックウェル・オートメ-ションであったことを報道して、もう一度驚かされることになった。ABB によるB&R の買収額は公開されていないが、業界筋では、20億ドルあたりが相場と推測されている。もしもこの対象がロックウェルであったならば、買収額は200億ドルを超えただろう、という。

ちなみに、B&R (正式名称はBernecker & Rainer Industrie-Elektronik GmbH)のオーストリア本社は、今後ABB の機械&ファクトリ・オートメーション事業ユニットとなり、同社名の由来となった共同創業者のアーウィン・バーネッカー(Erwin Bernecker)、ジョセフ・ライナー(Josef Rainer)両氏は当面、顧問として統合を見守るという。今後、同社の持つ異端性、先鋭性は徐々に薄れるであろう。IIoT、Industrie 4.0 の時代を迎え、オートメーション業界はますます進展することが見込まれているが、あらゆるモノがデジタルプラットフォームにつながる時代に、独立性を誇る中堅(Mittelstand)の活躍する場が次第に狭くならないかが気になる。